今年の夏は暑い。毎年そう言っている気がするが、今年は本当に暑い(と、去年もそう言った気がする)。
そんななか、帰省や旅行で遠出する人も多いだろう。水分補給のためにペットボトルのドリンクを持ち歩く機会が普段以上に増えて、飲み終わったペットボトルを駅や空港のゴミ箱に捨てることもあるに違いない。そのとき、ゴミ箱のかたちにちょっと注意を向けてみると、そこにもデザインの工夫が込められていることを発見できるかもしれない。
ここ数年、公共空間のゴミ箱の写真を撮り集めてきた。最初に意識して写真を撮ったのは何の機会だったかあまり覚えていないものの、手元には駅や空港、公園や大学キャンパス、商業施設などで撮ったゴミ箱の写真がだいぶ集まってきた。それらを眺めてみると、多くの人が行き交う混み合った場所で、燃やせるゴミやビン・カン、ペットボトルなどをきちんと分別して入れてくれるように、ゴミ箱の上面や側面の表示、形状に工夫がなされている。

たとえば上の写真は、2021年にJR東海の名古屋駅ホームで撮ったものだ。左から順番に「ペットボトル」「新聞・雑誌」「ビン・カン」「その他のごみ」という分別が書かれているのと同時に、ゴミの投入口がそのゴミ自体の形状に合わせてある。たとえばペットボトルは小さい円形の投入口に、新聞や雑誌は薄い紙状のものを入れやすい細い長方形の投入口に捨てる。自分の手元にあるゴミの形状と入口の形状が対応していることで、文字で書かれた情報を読む前に直感的にどこへ入れればよいかがわかる。
ゴミの投入口を丸と四角で区分する工夫はだいぶ以前からあったが、形状の種類を増やしたり色による識別と組み合わせる例など、分別方法を伝えるための工夫がさらに発展してきているように思う。ゴミの分別の種類が増えたこととも関係しているのかもしれない。

駅や空港など多くの人が行き交う場所では、当然ゴミもたくさん出る。正しく分別してほしいが、急いでいたり手荷物が多かったり子ども連れだったりと、落ち着いてゴミ分別の区分を読んでいる余裕がない人もいる。ついうっかり、分類を誤ってゴミ箱に入れてしまうこともあるかもしれない。悪気はないのに間違えてしまうとしたら、それは捨てた人の責任というよりも、わかりにくい形状のゴミ箱をつくったデザイナーのせいなのではないか。
ゴミの分類に限った話ではない。デザインが適切でないために、ユーザにとって使いにくかったり、使い方がわからないものになってしまう例は他にもある。たとえばおしゃれなビルの中で、部屋のドアの開け方がわかりにくくて入れない…といった経験がある人もいるかもしれない。世界中のデザイナーに多大な影響を与えた認知心理学者のドン・ノーマンは、『誰のためのデザイン? 増補・改訂版』*の冒頭に、こう書いている。
「私は引いて開けるドアを押してしまったり、押して開けるドアを引いてしまったり、スライドするドアに突っ込んでしまったりする。」
こんな経験をすると、誰でもつい恥ずかしくなって「間違えた自分が悪い」と思ってしまうが、ユーザー中心設計の考えによれば、間違えるのはユーザーの理解不足のせいではなく、デザインが悪いからだ。ユーザーは、身のまわりにある音やかたちなどの手がかりを通して適切な行動をとる。ゴミ箱の話に戻れば、たとえば新幹線を降りた乗客はホームの人の流れに乗って改札に向かいつつ、ゴミ箱の周辺に人が滞留しているのを見て自分もそのあたりに立ち止まり、お弁当やお菓子の空き箱でいっぱいになっているゴミの投入口に自分も手にしていたお弁当箱のゴミを入れ、空のペットボトルは丸い投入口に入れる。文字やピクトグラムの案内だけでなく、周囲の環境や状況から意識的/無意識的に自分の行動を選択する。公共空間のゴミ箱は、そんなユーザーの行動を前提にデザインされていなければならない。
そういえば、赤ちゃん向けのおもちゃに、丸・三角・四角のブロックを同じかたちの穴に入れて遊ぶロックブロックというのがある。手に持っているものをピッタリ合うかたちの穴に入れることに、人間は本能的に快感を覚えるのかも? ……などと大げさなことを考えながら、出かけた先のゴミ箱を見ていると、それぞれ工夫があることがわかってきて、飽きることがない。







駅や空港以外でも、商業施設や観光地、大学のキャンパスなど、大勢の人が利用する場所では同じような工夫がされているゴミ箱を見かけることがある。それらは、それぞれの施設の雰囲気や利用者の特徴に合わせてデザインされていることもわかる。









ここまで日本の事例を紹介してきたが、海外でも同じように、投入口の形状や色に工夫が施されたゴミ箱を見たことがある。そうしたゴミ箱を使っている場所や数自体はまだ多くはないように思うが、地域や施設の特徴に加えて、文化や習慣の違いも背景としつつ、これからもまだまだ新しいゴミ箱が工夫されていく余地があるのかもしれない。そう思うと、これからもゴミ箱探しが楽しみになってくる。




ここまでずっとゴミ箱の写真ばかりで申し訳なかったので、最後にひとつだけ風景写真を載せておこう。今回のエッセイの冒頭に使ったゴミ箱の写真は、ロンドンのケンジントン・ガーデンズで撮ったものだ。画面左下の遠くの方に、そのゴミ箱が小さーーーく写っている。雨風で劣化した古めかしい木の箱に近代的な概念である分別を示すピクトグラムが貼り足されていたり、お散歩中の犬がしたフンを捨てるゴミ箱がわりと新しそうな感じで並んでいたり、おまけにそれがなんだか郵便ポストみたいなかたちだったりして、こういう見慣れなさも嫌いじゃないんだよね、と思ったりもするのです。

* D.A.ノーマン 著、岡本明、安村通晃、伊賀聡一郎、野島久雄 訳、『誰のためのデザイン? 増補・改訂版 ――認知科学者のデザイン原論』、新曜社、2015年
※写真はすべて筆者による撮影。無断で転載・転用しないようにお願いします。一部写真に加工を施したものがあります。
]]>『5: Designing Media Ecology』の表紙の画像は、第1期からずっと中央に数字の「5」が配置されたレイアウトを使ってきた。

表紙の画像には、じつは結構こだわりがある。CG合成などで「5」の画像を写真に追加するのではなく、実体があるモチーフを制作してそれをカメラで撮影するなどして画像をつくっている。たとえば第1期1号の表紙画像は、感光紙で「5」の画像を浮き出させたモチーフにしている。第2号はミカン果汁を使ったあぶり出し、第3号はプロジェクタで地面に「5」の文字を投影、第4号は透明フィルムに文字をプリントしてフィルム越しに風景を撮影、といった具合である。手間も時間もかかるが、あえて紙の雑誌をつくるなら、表紙の画像も実体のあるものにしたいと思って制作してきた。
第2期『5: Designing Media Ecology』の発行にあたって、表紙のレイアウトはリニューアルしたが、メインに使う画像の制作方法は引き継ぐことにした。そこで第2期1号のために作ったのが、冒頭のモチーフだ。木の板に細い釘を打って、そこに細い刺繍糸をめぐらせて「5」の形が現れるようにした。最初に「こんな感じの写真を撮りたいな」と考えたときに書いたメモが残っている。

このメモに至るまでにいくつかの腹案があったのだけど、最終的にカラフルな刺繍糸と板を使おうと決めてからは、順調に楽しく作業を進めていった。メモにもあるとおり、まずは材料の買い出しから。新宿の手芸屋さん、愛知県長久手市にある大学近くのホームセンターをのぞき、さらにネット通販も使って、使いたい材料を買い集めた。

上の写真は、ホームセンターで手に入れた品々。手元に工具がなかったため、ノコギリやらカナヅチやら、ゼロからの買い出しになってしまった。職場は文系の大学なので、工作室などの設備もない。研究室のなかでギコギコと木の板を切っていると、「うちの大学でほかにこんな作業している人、いるんだろうか…」と不思議な気持ちになってくる。幸い不審者として通報されることもなく、順調に下地づくりの作業へ。

ちょうど良いサイズに切った板の木目の色を少し白っぽく調節するために、ジェルステインという塗料を何度か重ねて塗っていく。木の板そのままの色だと少し生っぽい感じが出てしまうので、写真を撮って表紙に使ったときにちょうど良い背景になることを目指して濃さを決める。

この板に、「5」の文字の形の紙を乗せて、上から細い釘を打ち付けていく。この釘に刺繍糸を絡めていくことで、板の中央に「5」の文字が出るようにしたい。糸の密度を想像しながら、釘の間隔を決めていく作業になる。

パチンコ台のようだが、これで土台は完成。次は、この釘に刺繍糸を絡ませる。事前に、右上あたりから赤→オレンジ→黄色→黄緑→緑→水色→青→紫という円環状の配色にすることを考えていたので、そのイメージに近づくように糸の色を選びながら少しずつ張りめぐらせていく。

ランダムに糸を絡めているように見えるが、じつは緻密に計算されている。……というのは嘘で、実際のところはわりと行き当たりばったりな感じで糸を張っている。そのため、全周360度のなかで色の配分が偏ってしまい、ちょっと戻ったり修正したりしながら作業を進めていく。

こうして完成させたのが、下の写真のモチーフ。

正面からだとはっきり「5」の文字が見える。表紙のメイン画像としてちょうどいい案配を見極めて、糸を張る作業は完了。ちなみに、板を少し横に傾けると、「5」の文字よりも釘と釘をつなぐ糸の方がよく見えてくる。

大きなネットワークの中心になっているように見える釘もあるけれど、辺境の地のような釘もある。糸と糸の間には不規則な重なりと隙間が生まれ、それぞれが思い思いの多角形を描き出す。ひとつの糸をたどっていくと、いつの間にか隣の色に変化して、ここからが何色とは言い切れない曖昧さの連なりが全体を構成している。今回の特集テーマ「間(あわい)の思想」から連想したイメージを、あまり直接的になりすぎず、かといって意味不明にもなりすぎない程度に、視覚的な面から表現できているといいのだけど、どうだろう。

第2期『5: Designing Media Ecology』第1号の表紙は、こうした手順で完成させた写真を使って制作している。このエッセイを書いている時点では、まだ印刷工程にまでは進んでいないのだけど、完成した第2期1号は、2024年3月のINSTeMのコンベンションでお手にとっていただける予定だ。中身の記事がもちろん第一なんだけど、お時間があったら表紙の写真にもちょっとだけ目を留めていただけると、とっても嬉しいです。
※写真と画像は、すべて筆者による撮影・作成。
(『5』第2期1号は2024年3月9日からINSTeMオンラインショップで販売中です)
]]>…移動の新幹線のなかで色に関するそんな記事を目にしたので、そこから連想して、今日は駅のホームと色の話をしてみたい。
混雑する駅では、乗客が並んで電車を待つことができるように、ホームの床面に線が引かれていることがある。路線数とそれらの相互乗り入れが増えるにつれて、行き先別に列を分けたり、降車/乗車の列を分ける必要性が増してきたためだと想像される。個人的には、名鉄名古屋駅のホームで行き先を案内するためにビニルテープで色分けをしているのを見かけたのが、最初に目にした例のひとつだったように思う。多分10年前にはすでにあったはずだ。


名鉄の床のテープはかなり手作り感があるが、それでも色によって行き先を区別する工夫はよくできているなと思う。もちろん、名鉄以外の路線でも、ホームの床に線を引いて乗車/降車がスムーズにいくようにしている例は他にもよく見かける。


たしかに、床面の色と文字を見ることで並ぶ場所がすぐにわかるのは便利だなと感じる。ただ、それが極端になっていくと、床面のほとんどが整列案内で埋め尽くされるようになっていく。2019年に京急・品川駅の色分け案内を最初に目にしたときは、正直、かなりギョッとした。


この駅は羽田空港に向かう乗客が多く利用するので、大きなスーツケースを持っている人も多い。また、JRとの乗り換え用の改札口に乗客が滞留しやすいため、やりすぎるくらい明確に案内する必要があるのだろうなと思う。とはいえこのインパクトが大きかったので、これ以来、いろいろな駅で床面の案内に目が行くようになった。正式なサインとして最初に設置したのが品川駅だったのかはわからないが、体感としては、ここ数年の間に描かれたように見える新しそうなサインが多いと思う。











鉄道事業者や駅によって、色分けしたり矢印やピクトグラムを使ったり、さまざまな工夫が凝らされていることがわかる。札幌市営地下鉄の例では乗り換え案内の矢印も床面に描かれているし、愛知のリニモの場合はホームに柱が多いせいで複雑な形の案内ルートになっている。各社のオリジナリティがあり、いろんな事情があるんだろうなと想像せずにはいられない。
当初、2019年に品川駅のカラフルな床面が目に入ったときは、足下から大声であれこれと指示されている気がして、正直かなり異様な光景に感じた。だがその後も続々と各駅で多様な色と形を工夫した案内を目にする機会が増えて、これはこれでアリなのかな…という気持ちになってきた。駅の利用者それぞれが状況に応じて他者に道を譲ったり、順番に並んで乗車したりできれば理想的だけど、現実はそうもいかないのだろう。中途半端なルールをつくってもうまく機能しないので、このくらい強烈に指示を出すほうがいいということかもしれない。駅構内の景観の落ち着きは犠牲になるかもしれないが、割り込まれたり突き飛ばされたりする不快さと、乗降に時間がかかったせいでの列車の遅れは軽減しているはずだ。駅を利用する際の快適さの基準をどこに置くかという問題を、カラフルな床面からは問いかけられているように感じる。
ところで、複数の色の違いを使って案内することには一定の効果があるが、色覚が異なるとどのように見えているのかも気にかかる。そこで、簡易的なものではあるが、Adobe Photoshopの機能を使って色の見え方を模擬的に表示してみた。下の写真は、「左上=元の写真」「右上=グレースケール」「左下=P型(1型)色覚」「右下=D型(2型)色覚」で表示したもの。



人間の網膜上にある視細胞と呼ばれる細胞のうち、錐体細胞は、色彩の違いに対する感度を持つ。錐体細胞は3種類あり、それぞれ赤・緑・青周辺の光の波長に反応する。赤の光を受け取る錐体細胞の感度が低かったり機能しなかったりする場合の色覚をP型(1型)色覚、緑の光を受け取る錐体細胞が同様の場合の色覚をD型(2型)色覚と呼んでいる。日本人の場合、男性の約20人に1人(5%)、女性の約500人に1人(0.2%)がP型・D型の色覚を持っているとされる。また、白内障など後天的な理由でも色覚は変化する。
以前は色覚を「正常/異常」の二択で理解することもあったが、程度や種類はさまざまだから、今は「色覚多様性」という言葉を使って「色の感じ取り方は人によって違いがあって多様だ」という理解の仕方をしている。駅のように多くの人々が行き交う場所では、できるだけ多くの人にとって使いやすい環境が求められる。案内板の多言語化や音声案内などに加えて、色の違いを利用した案内では、多様な色覚があることを前提に設計される必要がある。
それを踏まえてさきほどのシミュレーション画像を見てみると、1つ目の新今宮駅の例では、色相差(色みの違い)も明度差(濃さの違い)も工夫されているように思う。とくに降車エリア/乗車エリアの違いがはっきりしているのが良い。2つ目の品川駅の例は、グレースケールで見ると全体的に同じくらいの明度(濃さ)に見えるが、降車エリアは大きめの矢印の形で明確に区別されている。赤と緑の見分けにくさも、明度差とピクトグラムを使って解消しようとしているように見えて、なるほどと思った。3つ目、一般色覚ではもっともカラフルに見えた大阪駅の例は、黄色とオレンジ色の箇所がどちらも黄色に見える上に、明度差もあまりないので、少し見分けにくいように感じた。ただ、降車エリアが高明度で目立つように工夫されているのは、他の2つの駅と同じく、乗降客がぶつからないようにという狙いだと思う。
色の感じ取り方がさまざまなのと同様に、使いやすさの感じ方は人によって違うはずなので、どれが正解でどれが不正解とは言い切れない。ある人にとっての使いやすさが、ある人にとっての使いにくさになる場合もある。だから、唯一無二の最適解を目指すのではなく、場所や状況に応じて各自がベターな選択をできるように、工夫を重ねていくしかないんだろう。
そんなことを思いながら、あらためて、日本流行色協会のブルーとPANTONE社の桃色に目を向けてみる。色に「良い色」と「悪い色」があるわけではないけれど、この2色がそれぞれ今年の色として選ばれたことには、今だからこその意味があるような気もする。
2024年が知的で冷静で、人の温かさを感じる年になりますように!

※写真と画像は、すべて筆者による撮影・作成。無断で転載・転用しないようにお願いします。一部写真に加工を施したものがあります。
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コロナ禍で、誰もが全世界の行く末を不安に思っていた時のことを皆さん覚えているでしょうか。これから先、音楽ライブには参加できないのではないか、日本から一生出られなくなるのではないか。先行き不透明で、心細い毎日を癒してくれたのは、台湾の友達とのスケッチを通じた交流でした。いつか、会えることを信じて、その日のために、かたことの中国語会話も勉強してきました。ついにやってきた台湾、旅行中は、それぞれの都市で、初対面の友達に会うたびに、涙腺がついゆるみそうになるのを耐えていました。それぞれの街で心温まる熱烈な歓迎を受けたこの旅は、自分の人生の中でも、そう何度とはないであろう、心震える16日間でした。
台中の方々は、私たちのグループ「Google街景之友」の中でもリーダー的な存在で、活動的なメンバーが揃っています。Hankさん、林乃竹さんらに、車を出していただき、台中から彰化県の鹿港(ルーガン)という古い街までスケッチツアーに連れて行ってもらいました。鹿港の街に到着すると、台中で水彩画の先生として活躍されている楊上奇さんの先導のもとスケッチツアーが始まりました。街の数カ所のポイントを巡り、描いては移動、描いては移動を繰り返し、ひっきりなしに笑いながら会話をしていて、この旅に一緒に連れてきた中学2年生の娘も僕も、台湾の古都・鹿港の光景と、なにより個性的な台中の皆さんの迫力に圧倒され「まるでテーマパークのアトラクションに参加しているようだ」と、笑いながらついていきました。また、高雄の小風さんは、高雄市内や近隣の屏東市のスケッチ仲間を集めて「大晦日スケッチパーティー」を開いてくれました。数週間も前から景色のいい港の見えるカフェを予約して、2023年の「兔年(=卯年)」をテーマにしたスケッチをそれぞれ描いて、くじを引き、交換をする、というような、心温まる手作りのイベントを催してくれました。


「本気の遊び心」に触れたことも思い出のひとつです。僕は「璃寛(りかん)」というペンネームでスケッチをしていて、台湾の皆さんから「璃寛桑(りかんさん、「桑」は日本語の「さん」のこと)」の愛称で呼ばれています。ちなみに僕の娘がデザインした「りかんさん」のキャラクターは、オレンジの帽子、丸眼鏡、青いボーダーのシャツを着ており、僕は軍手で作った「りかんさん」のパペットをいつも持ち歩いて、その土地を訪問した証として、パペットと一緒に写真を撮っています。そして旅の終盤、「璃寛桑がリアルで台湾にやってくる!」ということで、先に会った台中や高雄など台湾各地の街景之友のコアメンバーが台北で一同に会するスケッチイベントを開催してくれました。そこでは、秘密裡に、ドレスコードとして、りかんさんのキャラクターに合わせて「全員、ボーダーで来るように」という計画が進められていたのです。行ってみたら30人ものスケッチの猛者が、みんなボーダー柄のシャツを着て絵を描く、という光景が可笑しくも感動的で、僕は胸いっぱいになりました。

そしてなにより嬉しかったのは、僕にとっての「あこがれの存在」にリアルでお会いできたことです。台北では、B6速寫男ことMarsHuangさんらが、基隆市の超カラフルな映えスポット「基隆正濱漁港」に連れて行ってくださいました。この港は、ちょうど1年前にも、Googleストリートビューを使って街景之友のメンバーと一緒に描いた、思い出深い特別な場所です。「基隆正濱漁港」を真正面に臨むカフェの2階で、ランチをとりながら窓から見るリアルの光景は、まさに額縁で切り取られたようにも見えます。Facebookの中にいる僕にとっての「アイドル」的な存在、Vickyさん、BenLiさん、Nicoさん、B6速寫男さんと一緒に、Googleストリートビュー越しにスケッチをしてきた約2年半を思い浮かべながら、それは僕にとっての至福の時間、40代最後の年に感じた、夢の中にいるような、背中に羽根が生えたような、いろいろな思いが交錯した16日間でした。


*
さて、台湾の方々との初対面と併せて、僕が楽しみにしていたこと、それはGoogleストリートビューを見ながら描いたスケッチブックを持って、その実際の場所を訪れてみる、という試みです。そして既にスケッチを描いた街々を初めて訪問した時、あることに気づきました。それは、初めて訪問した場所であるにもかかわらず、通過しただけで、描いた場所が、瞬時にわかるということです。

Googleストリートビューを見ながら絵を描く場合、万年筆による線画から、すべての着色を終えるまで、平均すると1~2時間程度、パソコン越しにその風景を細かく凝視し観察して、一旦自分の中で咀嚼し、自分のテイストでアウトプットすることになります。
例えば、テレビの旅番組やドラマを見ているとき、自分の地元や、通勤通学の街など、日常見慣れた生活の一部がほんの一瞬テレビに映っただけで、「あ、三軒茶屋だ」「あ、これ栃木市だ」と、気づくことがあると思います。テレビの場合は、まず「リアルの現場体験」があって、それを「メディア越しに体験」します。
Googleスケッチをきっかけとした旅の場合は、ちょうど順番が逆で、「メディア越しの体験」(スケッチ)のあと、「リアルに体験」(訪問)します。既にGoogleストリートビュー上を散歩していたので、頭の中に、大まかな街のイメージ、それも空から見た地図というより、Googleカーが搭載しているカメラ越しの散歩の風景が、脳内にインプットされています。この「やや深めの既視感」に、僕は強い興味を持ちました。Googleストリートビューをもとに自分が描いた場所は、自分だけのとても大切な場所です。スケッチブックを持って出かける旅は、セルフメイドの「聖地巡礼」なのです。

僕は「まず描いてから旅に出る」という、新しい旅の提案として、この旅を「先畫再去」と呼ぶことにしました。そしてこれを台湾のスケッチ仲間たちに紹介すべく、2023年の夏に、故郷に近い栃木県と群馬県にまたがる「日光例幣使街道」と呼ばれる旧街道をテーマに「先畫再去」を実践しました。まず、この旧街道沿いにかつて存在した18カ所の宿場町(鹿沼宿から倉賀野宿まで倉賀野宿まで)を、Googleストリートビューを見ながら、スケッチしました。そして、描き終えた18枚のスケッチをスキャンして、フォトブックを注文しました。これは、撮影した写真をはがき大の冊子に製本してくれるサービスです。このフォトブックを持ち、自家用車に折り畳み自転車を積んで、夏休みに3日間かけて、すべての場所を訪問しました。それぞれの地点では、もちろん「りかんさん」のパペットと一緒に写真撮影するとともに、当地を訪問した証、例えば、近所の鉄道駅や道の駅のスタンプを押したり、地域の郵便局オリジナルの「風景印」と呼ばれる消印を押してもらったり、街道沿いで古くから伝わる当地ゆかりの和菓子を買ってそれを宿でスケッチするなどしながら、フォトブック上に記憶と記録を描き足しました。

そしてその旅は、僕ひとりの旅ではありません。Googleをもとに描いた旧街道のスケッチは、完成する都度「Google街景之友」で共有してきました。そして海の向こうの大勢の友達も一緒にその場所のスケッチをしていました。この「#先畫再去!」の試みは、彼らの思いも一緒に背負って、あたかもみんなで訪問しているような旅でもありました。

*
これから僕は、やってみたいことがあります。それは「#先畫再去!」の台湾環島を達成することです。環島とは、徒歩、自転車、バイク、車、鉄道などで、台湾を一周する旅のことで、多くの台湾人にとって、一生に一度はやってみたい旅と言われています。台湾は自転車大国と言われていて、環島のための自転車道もきれいに整備されているそうです。台湾の小さな街々をGoogleでまず楽しんで、街なかのスケッチを描く。そして描いた「畫(絵)」を持って、自転車でゆっくり時間をかけて、街々の微風を感じながら旅ができたら、と思っています。
*
以上が、「台湾畫友とGoogleストリートビューを彷徨った話」です。奇しくもコロナ禍で、僕は海外に一歩も出ずに、人生で一番インターナショナルな経験をしました。唯一無二の経験、新しいコミュニケーション、そのエピソードを紹介できたことを大変喜ばしく思います。
そして僕の旅はこれからも、まだまだ続きそうです。(完)
*先畫=先画
(写真・スケッチはすべて筆者より提供。冒頭は基隆正濱漁港にて、描いたスケッチとともに記念撮影。ピースサインをしているのが筆者)
]]>まず「空間」について、Googleストリートビューは、いわばドラえもんの「どこでもドア」のように、瞬時にして世界のあらゆる場所に連れて行ってくれます。スケッチを描く場合、例えば、以下のような絵のモチーフが考えられます。
・歴史的建造物、神社仏閣、教会、都市のランドマーク
・商店・飲食店、市場や商業施設、一般の住宅
・商店街、街道沿い、看板、街の植栽
・道路や橋などの交通系インフラ、電柱、鉄道駅、港(漁港、軍港、造船所)
・乗り物(自動車、電車、船、バイクなど)
・自然(山、川)
・街の人や動物
少し応用的な使い方として、Googleカーが橋梁や首都高の上から撮影した街の光景は、普段の生活よりも高い目線から、広角的に街全体を見渡すことができます。Googleストリートビューを用いることで、ダイナミックな鳥瞰図的に街の景色を描くことも可能です。実際の高速道路上では、もちろん車から降りて絵を描くことはできませんし、通常の街並みを「現場で」描こうとする場合でも、車や人々の通行、商売の妨げにならないような「自分の居場所」を確保する工夫が必要です。その点、Googleストリートビューのスケッチは、パソコンやスマホがあれば、ロケハンから作品の完成まで、どこででも行うことができます.
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ふたつめの特徴として、「時間」を過去にさかのぼることが可能です。かつてクアラルンプールの高速道路のGoogleストリートビュー上で、「ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)」の大きな看板を見つけたことがあります。その看板がよく見える場所から、Googleストリートビューの「時間」をずらして見ると、時期(キャンペーン)ごとに広告が張り替えられていることがわかります。いわば、定点観測を楽しむことができます。僕は通常、Googleストリートビューで、描きたい「場所」を見つけると、次に「時間」をさかのぼります。屋根にカメラを搭載したGoogleカーの記録頻度が高い都市ほど、同じ地点で複数の時点の光景を確認することができます。その中から、天候や明るさ、光の差し込みや影の具合、人や車などの配置、季節を彩る花や葉の色づき具合、その他「偶然の面白味」などを確認して、最も描きたいシーンを決定しています。時間をさかのぼることで、すでに取り壊されてしまった過去の建物にもアクセス可能です。
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さらに、「共有」が容易なこともGoogleスケッチならではだと思います。僕が参加しているFacebookグループ「Google街景之友」では、3か月に一度、週末3泊4日(金曜日の朝から月曜日の深夜まで)のオンラインスケッチツアー(Google街友線上畫聚)が催されます。これまで、ベネチア、ニューヨーク、札幌、ブエノスアイレスなどのスケッチ旅に参加しました。終わるころには、毎回、全体で数百枚もの絵が集まります。
もしもこれがリアルの団体旅行の場合であれば、大勢で一斉に移動する必要があります。団体行動には、ある種の制約(窮屈さ)も伴いますが、Googleストリートビューを用いた「団体旅行」は、都市の魅力を発掘して、常にシェアしあいながら、リラックスしておしゃべり(チャットや書き込み)をしながらスケッチをして、絵を共有することができます。何よりお金がかかりません。現地での行動も、合流も、途中参加も、途中「帰国」も、すべて自由です。
*
このように、空間、時間を自由に行き来しながら、場所や作品を共有しています。これまでGoogleストリートビューを彷徨ってきた中で、僕自身は、とりわけ、原点である「台湾の路上観察」が好きです。
以前、台中市内にある〈東海別墅夜市〉について、グループの仲間に紹介したことがあります。台湾の夜市は屋台や飲食店が集積する場所で、多くの台湾人にとって生活の一部となっています。とりわけ、〈東海別墅夜市〉は、東海大學(Tunghai University)に隣接する学生街でもあり、かつてこのエリアで実際に学生時代を送ったという友達もいます。「木瓜牛奶(パパイヤミルク)」「鶏排(フライドチキン)」「紅豆餅(今川焼のようなもの)」などの無数の看板、空を見上げれば四方八方に張り巡らされた電線、スクーターに乗って行きかう人々。僕がその、「台湾っぽい」と感じる光景をグループに紹介した際、ある友達は「外國人看本國街景的角度真的很不一樣」(外国人は自国の街並みを全く異なる視点から見る)とコメントしていました。
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最近探した、同じく台中市の大肚区にある〈台湾鉄道追分駅の入口〉のストリートシーンも、いわば「台湾っぽさ」のようなものがギュッと凝縮しています。国道沿いに並べられた植木鉢は、すでに周りの雑草と区別がないほど生き生きと生息しています。古い家屋は半分取り壊され、レンガがむき出しになっています。駅の看板は少し年季がたっていて、アルファベットの文字がとれてしまっています。「我們住在台灣都沒發現這些美景!」(台湾に住んでいながらも、こういう美しい景色はなかなか発見できない!)といったコメントもありました。夜市や道端の盆栽などは、台湾の皆さんにとって、身近にありながらもつい見逃しがちな、「いかにも台湾っぽい美しい」場所なのかな、と思いました。(編集部注:冒頭のスケッチは台湾鉄道追分駅の入口)。
一方、僕がスケッチを始めたきっかけをくれたB6速寫男をはじめ、多くの友達が好んで描きたいシーンに、「日本のレトロ」があります。昭和の雰囲気の蔦の絡まる喫茶店、いわゆる「シャッター商店街」、赤地に白く切り抜かれた楕円の中に「たばこ」と書いてあるブリキの看板、レトロな駄菓子屋など、そうしたシーンを探しあてるのが、本当に皆さん上手です。Instagramや別のメディア経由で知った日本のストリートシーンについて、「この日本の場所を一緒に探してくれないか?」「この日本のドラマで出てきた店を探している」などと場所探しを頼まれることもたびたびあります。

*
もうひとつ、Googleスケッチを始めたことにより、日々の行動で大きく変わったことがあります。ある梅雨の合間の日曜日、横須賀の「ドブ板通り」を(リアルで)散歩していたとき、カレー屋やハンバーガー屋が立ち並ぶ通りから、山側の路地のほうにふと目をやると、生活感の漂う光景が目に映りました。ブリキ調の赤い看板、車は通れそうもない細い急こう配の上り坂、上のほうには、青々とした林が鬱蒼と生い茂っていました。こういった、まさに「ここ!(絵に描きたい!)」と思えるような、ちょっと雰囲気のある光景に出くわすと、瞬時に「場所」と「像」を、スクリーンショットのように脳裏に焼き付ける癖がつきました。そして毎回、家に帰って、Googleストリートビューで再確認し、その場所と描いた作品をグループにシェアします。このように、リアルの生活のなかでも、無意識のうちにロケハンをしています。「バーチャル(Google)が主、リアル(現地)が従」とすら感じてしまうこともあります。最近では「あの場所は、リアルで訪問したのか、Googleストリートビューの光景だったのか…」と、混乱してしまうことすらあります。
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*
「風景画の誕生は近代以降」と言われています。約150年前、印象派の画家たちによって戸外で風景画が頻繁に描かれるようになりました。それ以前は、画家は外出先の風景を、簡単なデッサンでしか持ち帰ることができませんでした。これには、持ち運びのできる「絵の具のチューブ」の発明と、絵の具の大量供給が影響している、とも言われています。「色彩のMobility(可搬性)」が各段に向上したことが、一瞬をリアルでとらえ、光豊かな色彩表現を生むきっかけになりました。その後も、写真の登場が画家の創作活動にインスピレーションを与えたり、旅先の記録としてカメラや映写機が用いられるなど、「風景を切り取ること」は、様々な技術やメディアの発達とともに発展してきました。
――そして2020年代。Googleストリートビューを用いることで、場所と時間を超えた「台湾っぽさ」や「日本っぽさ」を少し違う視点から再発見して共有し、共感することができるようになりました。Googleスケッチは、今までになかった新しいコミュニケーションを生んだ、と思っています。「これも、ちょっとした、風景画の転換点だよなぁ」と思いながら、日々、台湾畫友とともに、Googleストリートビューの中を彷徨っています。(続く)
*畫友=画友
(写真・図はすべて筆者より提供。冒頭のスケッチは 台中市 追分駅近くhttps://maps.app.goo.gl/DYHbk7WdChzvy8s7A 。筆者のスケッチの作品集はfacebook.com/rikan.6e6636, instagram.com/rikan.6e6636で見ることができる。)
オランダに行くのははじめてで、まずは空港に着くこと自体が楽しみだった。というのも、アムステルダム・スキポール空港といえば、書体デザイナーのアドリアン・フルティガーが設計した書体Frutigerを使った完成度の高いサインで有名な空港だからだ。ただ今回は、空港の話ではなく、トイレのサインとデザインの話をしたいと思う。
オランダでいくつかのミュージアムなどを見たなかで、印象に残った男女共用のトイレがある。たとえば、アムステルダム市内にあるアルティス動物園のトイレのデザインだ。


園内には上の写真のように、男性と女性が並んで立っているピクトグラムのサインが設置されている。そのうちのひとつは、入口をはいるとまず手洗いスペースがあり、その先が男性用個室と女性用個室、車椅子・おむつ交換用の個室に分かれる造りになっていた。

また、園内の別のトイレは、男女共用トイレと、車椅子・おむつ交換用トイレの2つに分かれていた。男女共用トイレのほうは中に個室が並んでいて、そこに男性も女性も並ぶようになっている。このときはわりと混雑していて、たまたま女性ばかり5人くらい並んでいた。見ていておもしろかったのは、子ども連れで入ってきた男性が、女性ばかり並んでいるのを見て「おぅ!」と驚き、一度ドアの外を見て男女共用だということを確認してから、決まりが悪そうな顔をして入り直してきたことだ。オランダでは男女共用トイレがわりと普及しているように見えたが、そうは言っても異性ばかりの中に入っていくのはやっぱり気まずいんだなぁと思った。
アムステルダム市立美術館のトイレも、ちょっと興味深い造りだった。


写真では少しわかりにくいが、トイレの入口らしきドアが2つあり、ひとつには「TOILET」のサインがあるが、もうひとつにはサインを剥がしたような跡だけがある。ドアを開けてみると、どちらも中にトイレの個室が2つずつあった。以前は男性用トイレと女性用トイレだったのを、どちらでも良いように名前だけ変えたのだろうか(変えたというか、剥がした?)と想像したのだが、どうなんだろう…。
また、オランダでは、ピクトグラムではなく「WC」の記号でトイレを示すサインを何箇所かで見かけた。たとえば下の写真では、車椅子やおむつ交換台のピクトグラムはあっても、男性/女性の人のかたちのピクトグラムは使われていない。




ピクトグラムはわかりやすくて便利だが、「男はズボン、女はスカート」という価値観を(悪気はないけど)視覚的に表現してしまうという点で、多様性が重視される時代には合わなくなってきたのかもしれない。「WC」のマークは日本ではあまり見なくなったけど、むしろあえて男性/女性を強調しない「WC」マークにしたんだろうか。本当にそういう意図なのかは知らないが、なるほどなとも思った。
とはいえ、「WC」を読めなかったり意味を知らなかったりしたらサインとして役に立たないわけで、やっぱりそれは困る。公共施設のトイレを案内するために人のかたちのピクトグラムを使うのは、国際標準化機構(ISO)のPublic information symbols(一般案内用図記号)というカテゴリーのなかでも規定されている。もちろん、オランダでもやはり多くの施設ではピクトグラムが使われていた。







オランダに限らず、公共施設のトイレで男性/女性の人のかたちのピクトグラムが使われている例は多い。普段、ピクトグラムを見るとつい写真を撮ってしまうので、手元にはこういう写真がたくさんある。








海外で目にして印象に残った例としては、ほかにアメリカ・カリフォルニア州のトイレのサインがある。人のかたちのピクトグラムに加えて、下の写真のように「男性=△」「女性=○」の出っ張りを付けることが推奨されているのだという。これにより、視覚に不自由があっても手で触ることで男性トイレ/女性トイレを区別できるようになっているそうだ。




ところで日本では「男性=青(寒色系)」「女性=赤(暖色系)」に色分けをしたピクトグラムをよく目にするけれど、じつは海外ではそうでもない(注1)。これは、色の区別がつきにくい色覚を持った人への配慮でもあるのだろうが、そもそも慣例として男女の色分けが定着していないからだ。普段日本の大学のデザイン関係の授業でそんな話をすると学生たちはみんな驚くが、それだけ国内では男女の色分けのピクトグラムが定着しているということだろう。






色の違いは文字や記号の形状よりも直感的に把握できるから、この慣習が定着していることもよくわかる。日本の案内用図記号を策定している交通エコロジー・モビリティ財団の資料にも、次のように書かれている。「わが国では、男子の図記号に寒色系の色彩が、また女子の図記号に暖色系の色彩が多く使われています。男女の識別性能を向上させるために、そのような慣例色を用いることは現実的な判断です。(注2)」
たしかにそのとおりで、色で区別がつくことは多くの人にとっては便利だ。でも一方で、子どもの頃から「男は青、女は赤」という慣習のなかで暮らしてきて、「女の子だからもっと可愛い色の服を」なんて言葉にモヤっとした記憶がないわけでもない。だから、色で男女の別を表現しないピクトグラムを使うことにも一理ある気がする。実際、日本でも男女の別を青/赤で色分けしていないトイレのサインを目にする機会も増えているように思う。







ただし、色分けしなければしないで、今度はどっちが男性トイレでどっちが女性トイレかわかりにくいと感じる人もいる。たとえば下の写真は、勤務先の建物の中で見つけたトイレのサイン。正式に設置された男女マークのピクトグラムは黒色だが、あとから誰かが青と赤の貼り紙を追加している。たぶん、慌ててトイレに駆け込む人が間違えないように、気を利かせたんだろう。

もうひとつ、こちらはオフィスなどが入っている駅前の大きなビルの中のトイレ。もともとはグレー地に白いピクトグラムだが、やはり水色とピンクの貼り紙を追加してある。

慣習に基づく使いやすさを優先するべきか、性別による固定観念を崩していくべきか、たかがトイレのピクトグラムひとつに過ぎないけれど、身近だからこそ大事な問題でもある。誰だってトイレに入らずに暮らしていくわけにはいかないんだから、他人ごとではないはずだ。トイレのことをおおっぴらに話すのも恥ずかしいし…とか、ジェンダーがどうとか言いはじめるのも大げさでは…みたいな感覚があるかもしれない。ただ最近では、ジェンダーや多様性を尊重する文脈でトイレの話題がニュースに取り上げられる機会も増えた。
デザインとの関連で言えば、日本では案内用図記号のJIS改正に伴って、交通エコロジー・モビリティ財団の「標準案内用図記号ガイドライン2020」に「男女共用お手洗い」「こどもお手洗」などのピクトグラムが追加された(注3)。男性か女性かだけではないトイレの選択肢を、視覚表現の面からも支えていく必要性が増しているのだろう。実際に、従来の男女別とは違うかたちのトイレを見かける機会も増えて、なるほどこういうピクトグラムを使っているのかと興味深く思うことがある。





現実的には、多機能トイレやオールジェンダートイレに変えようと思っても、施設自体をつくり変えるのは難しい場合もあるだろう。ただ、男性用/女性用の個室に分けるのをやめて、冒頭で紹介したオランダの男女共用トイレのようにサインだけ貼り替える方法も、たしかにいいなと思う。そういう例のひとつとして、最後にもうひとつだけ、オランダで見かけたサインを紹介したい。歴史的遺産になっているシュレーダー邸を見に行ったときのトイレのサインだ。


建物の隣に受付やグッズ売り場があり、その中にトイレの個室が2つある。もともとは男性トイレと女性トイレだったんだと思うけど、今は2つともに同じサインが貼られている。このサインがちょっと珍しくて、見る角度によってピクトグラムの絵柄が変化し、男性マークにも女性マークにも見えるようになっている。子どもの頃に不思議な絵として見たことがあるような、いわゆるレンチキュラーレンズを使った仕掛け。遊び心があって、なんだか楽しい気持ちにさせられた。
多様性を尊重する社会を、デザインの立場からどう実現できるのか。真面目な問題をこういうライトさでさくっと片づけるセンスって、けっこう貴重だ。いつでも使える手じゃないけれど、できればこういう軽やかさも見習いたいなと思う。
注1:海外では唯一、仁川国際空港で男女色分けされたトイレのピクトグラムを見たことがある。
注2:交通エコロジー・モビリティ財団、https://www.ecomo.or.jp/barrierfree/pictogram/data/zukigo_naiyo.pdfより
注3:交通エコロジー・モビリティ財団、https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/tourism/122483c2b4666b8e91b3bbe10d853d78.pdf参照
注4:写真は、村田麻里子さん提供。
(注4以外の写真は、すべて筆者撮影。)
]]>新型コロナウィルスは、社会に多くの影響を与え、僕たちの日常生活を一変させました。楽しみにしていたイベントは中止になり、行動制限、マスク生活など、悔しくて窮屈な思いも沢山経験しました。一方で、こうした制約は、新しい文化を生み出す原動力にもなります。
この3年間、僕は台湾人のスケッチ仲間(畫友)と毎日のように「旅」をしては、風景画(水彩画)を楽しんでいます。この「Google街景之友 (Google Street Sketchers)」 ――― Googleストリートビューを用いた新しい旅の提案 ――― と3年間の僕のあゆみについてご紹介したいと思います。
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新型コロナがない時代の最後の夏休み、僕は、娘と台南・台北を旅しました。台南駅前の書店で、一冊の水彩画スケッチの教則本と出会いました。万年筆と水彩絵の具を使った、淡いタッチの素敵な画風です。観ているだけで癒されます。もともと絵画には興味があったのですが、いつかこんな絵が描けるようになるといいなぁ、と思い、迷うことなく買いました。
そして1年後、2020年夏。コロナでオリンピックは延期になり、夏休みといってもどこにも行けず、時間も持て余しがちでした。iPadの中には、1年前に撮影した、台湾の街並みやグルメの写真が沢山あります。「そうだ、台湾の旅の写真を見ながらスケッチを描いて、1年前の台湾旅行を追体験してみよう」ということを思いつきました。
まずは1枚、写真の中から「ごく普通の集合住宅の門扉」を選んで、それを見ながらスケッチを完成させました。そのあと、Googleマップやストリートビューで、当時歩いたその場所を確認して、「地域/通」の名前を調べました。場所そのものは難なく見つけることができたのですが、僕はそれ以上のあるもの/ことを発見しました。今、僕が描き終えたばかりの門扉、その門前に描いたのと全く同じ青いスクーターが、Googleストリートビューの同じ場所にもぽつんと置かれていたのです。おそらく住人の誰かのものでしょう。1年前に歩いた街の記憶、iPadの写真の記録、今描き終えたスケッチ、そしてGoogleストリートビュー。僕はこの青いスクーターが、リアルとバーチャル、時間と空間を超えて、存在していることに、強い感動を覚えました。さらに「むしろ、Googleストリートビューを見ながら、風景画を描けばいいのでは?」と気づき、そこから、在宅での台北の"街歩き+スケッチ"が始まりました。

数日後、Facebook上に「あなたにおすすめのグループ―――『Google街景之友』」と表示されました。覗いてみると、スケッチ愛好家の台湾のFacebookグループのようです。東京・浅草、北海道・小樽、京都の伊根の舟屋など、台湾人にも人気の日本の景勝地が描かれた風景画がたくさん投稿されていました。かなり本格的な水彩画もあれば、気軽なスタイルのスケッチ、鉛筆だけで描かれたデッサン調の作品もあります。このグループは「Googleストリートビューを用いること。その画像を見ながら描いた作品と、GoogleストリートビューのURLをシェアすること。絵のスタイルは自由」というシンプルなルールで運用されています。
Googleでスケッチ。これはまさにその時、自分が渇望していたことでした。あとでわかったことですが、台湾には、街中でスケッチを楽しむコミュニティが各都市に存在し、これまでも人々は緩やかに繋がっていました。しかし、コロナ禍で外出ができなくなってしまったことをうけ、GoogleとFacebookを用いたバーチャルスケッチを楽しむためのグループが、スケッチ愛好家有志により公開グループとしてスタート。そしてグループのキーマンのひとりは、他でもない1年前に僕が台湾で購入した水彩画の教本の著者「B6速寫男 」だったのです。
僕はワクワクそして緊張しながら、東京から単身、「Google街景之友」の門を叩きました。そして意を決して台北の日常風景(虎林街)のスケッチを投稿してみることにしました。台湾の皆さんは、僕が思っていた以上に親日家で、この見ず知らずの日本人の参加を大歓迎してくださいました。中文や英語で「初投稿おめでとう!」「ようこそコミュニティへ!」「こっちのエリアにもいい場所があるよ」。中には「日本の友達の参加がとても嬉しいです」と日本語でコメントをくださる方もいました。
最初の投稿から数日後、もうひとつ、このグループならではの醍醐味を味わうことになります。僕がシェアした虎林街(GoogleのURL)をもとに、自身の描いたスケッチを投稿してくれる方が現れたのです。なるほど、これならステイホーム期間中でも、みんなで同じ場所のスケッチを楽しむことができます。

その後、台北市内のみならず、自分の住んでいる東京・三軒茶屋(世田谷線沿線、松陰神社の商店街、豪徳寺の招き猫、ゴリラビルなど)や、自分の故郷(栃木県栃木市)の風景を、スケッチとともに紹介しました。「みんなで一緒に描きませんか?」と誘えば、皆喜んで、自分のスタイルでスケッチを描いて投稿します。最近では、東大駒場キャンパスの裏にある「フレッシュネスバーガー富ヶ谷店(1号店)」を紹介したところ、沢山の友達がスケッチを描いてくれました(このような、僕らのなかのちょっとした"名所"が、世界中あちこちにあります)。
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こうして、僕は、Googleスケッチという"沼"にハマっていきました。「打てば響く」関係を通じて、コロナ禍にもかかわらず、そしてコロナ禍だったからこそ、数百人もの台湾人畫友ができました。今も「Google街景之友」の参加者は増え続けています(68,401人(2023年9月4日現在))。台湾人の皆さんと一緒に、今日も僕は、スケッチを楽しんでいます。(続く)
*畫友=画友
(写真・図はすべて筆者より提供。冒頭のスケッチは「Google街景之友」に初投稿した作品。筆者のスケッチの作品集はfacebook.com/rikan.6e6636, instagram.com/rikan.6e6636で見ることができる。)



目白大学メディア学部溝尻ゼミ2年生(当時)が、2022年10月~12月に制作した会話型DST作品「なうどぅ」を紹介する本シリーズも今回が最後になった。最後に紹介するのは「一人○○」をテーマにした作品である。
制作:目白大学メディア学部溝尻ゼミ(白石彩絵、仲田希光、篠原麗)
◆一人〇〇とは
コロナウイルスの流行によって、誰かと出かけたり、大勢で食事をすることが制限されてしまう時期がありました。ただ、その制限の中で、楽しみのないまま過ごすのはもったいないですよね?
そこで一人でも楽しめること、一人だからこそ良いと思えるおすすめポイントを、女子大生3人が経験談をもとにお話します!
もちろんコロナの制限が緩和されてきた今でも、これを聞けば、時には一人でどこかへ!なんて気持ちになっていただけるのではと思います!
【気をつけた点・意識した点】
・なるべく専門用語や略語を使用しないこと
・相づちや同意などをすることでお互いに話しやすい雰囲気づくりを意識したこと
・作品は音声のみだが、収録するときは互いの目を見てコミュニケーションをとりながら実施したこと
・声のトーンを明るくすること
・掛け合いの時に、できるだけ声が被らないようにすること
・経験談を話すため、なるべく自然体で話すこと
〈一人ショッピング編〉
みなさんは普段どんなショッピングをしていますか?
友達や家族と一緒に行ったり、ネット通販で購入したり、、、様々なショッピングがある中で、私は一人でショッピングに行くことが大好きです! 一人だからこそできる、店舗に足を運んでときめくものを見つける魅力について語っています! これを聞いた皆さんもぜひときめき探ししてみませんか?
〈一人ラーメン編〉
時々、なぜか無性にラーメンを食べたくなる時ありませんか?? そんな時は、性別問わず、「一人ラーメン」はおすすめです! 私が見つけた「一人ラーメン」の魅力を全力で語ります! ぜひ、明日のランチまたはディナーの参考にしてみてください。
〈一人カラオケ編〉
皆さんは日々のストレスをどのように発散していますか? 私のおすすめストレス発散方法はカラオケです! 大きな声で思い切り歌って、あなたも明日からスッキリとした日々を送りましょう。カラオケの楽しみ方は無限大です! あなた独自の楽しみ方を見つけるための参考にしてくださると幸いです。
以上、本シリーズでは会話型DSTを通して制作された作品を紹介してきた。
声だけで自分の感情を伝えることは難しい。しかし、どうやって声だけで感情を伝えるか、試行錯誤を繰り返し、対話を重ねながら作品を作り上げるそのプロセスには、やはり教育的意義はあるだろうと思う。作り手のあいだに生まれる共感はDSTワークショップの肝であり、この作品制作を通して学生たちが相互理解を深めたのは間違いない。
一方、こうしたワークショップを通して生み出された作品をどのように広げ、さらなる共感を生み出すかは、まだまだ試行錯誤の段階にある。ぜひ忌憚のない意見をいただければ幸いである。
(写真は目白大学メディア学部溝尻ゼミ生による撮影)
]]>前回に引き続き、目白大学メディア学部溝尻ゼミ2年生(当時)が、2022年10月~12月に制作した会話型DST作品「なうどぅ」を紹介したい。今回紹介するのは「東京おすすめスポット」「遠征」をテーマにした2作品である。
制作:目白大学メディア学部溝尻ゼミ(三森想、芦野秀憲、山口翠、村田莉奈)
◆東京おすすめスポット
人やモノ、商業にトレンドなど、何もかもが目まぐるしく変化する街、東京。その東京で大学生活を送る芦野と三森が、今変わりゆく場所だからこそ訪れてみてほしい所を紹介します。
「なうどぅ」という番組タイトルは、NowとDoを組み合わせています。そのタイトル通り、今だからこそやっておくことを考えてみました。そして、二人とも変化が激しい好きな街について語りたいことがあったため、東京をテーマにしました。
芦野は好きなアニメ作品の舞台として関心があったお台場について、三森は長年好きなアイドルが活躍し続ける秋葉原について、熱くご紹介します。
【気をつけた点・意識した点】
音声作品を初めて作るにあたり、まず楽しく喋ることを意識しました。マイクを前にすると、緊張して話が固くなることがあります。そのため、緊張を解消できるように会話を増やすことで、お互い気楽に喋れるようにしました。
また編集をした際は、聞いていてなるべく音が途切れないようにしました。
〈秋葉原編〉
長い期間AKB48を推している三森が、その原点となった場所である秋葉原について話します。三森が見てきた秋葉原とその移り変わり、そしてその変化を体験したからこそ話せる「今やってほしいこと」について語ります。
〈お台場編〉
最先端の集まる街・お台場を歩く芦野が、その魅力について話します。お台場の何が楽しくて目を奪われたか、また、そこで体験した変化をお届けできるよう、精一杯熱く語りました。

◆遠征とは
あなたは遠征という言葉を知っていますか?
今回紹介するのは、2022年に目白大学メディア学部溝尻ゼミの2年生によって制作された音声作品です。この音声作品ではオタク用語における「遠征」についてお話ししています。本来、遠征とは試合や登山などのために遠くへ出向くという意味の言葉です。しかし、オタク用語における遠征とは、推しに会うために遠方で開催されるコンサートや舞台を見に行くことをいいます。例えば東京に住んでいる人が、名古屋で開催される自分の好きなアーティストのコンサートを見に行くことなどを指します。
本作では、遠征経験のある女子2人が自身の経験談をもとに遠征についてお話ししました。
2人とも東京の大学に通う大学生です。東京でもコンサートや舞台は開催されるのに、どうしてわざわざ遠方のコンサートや舞台に行くのでしょうか?
その理由については音声作品内で語られています。どうぞ、お楽しみください。
【気をつけた点・意識した点】
この音声作品は、遠征という、ぜひ今やってほしい、今しかできない経験を学生のみなさんに伝えるために制作しました。遠征は時間も費用もかかることから、経験するなら学生であるこのタイミングがおすすめだと考えました。したがって会話のなかでは、聞いている人に自分も遠征してみたいと思ってもらえるように、その場の臨場感を味わえるような状況説明を行うことを意識しました。
〈浦島坂田船編〉
1人目は「浦島坂田船」という男性4人組グループを好きなファンの視点で、遠征について語っています。浦島坂田船は、インターネット上で「歌ってみた」動画を投稿しながら活動し、近年ではアリーナ規模でコンサートも開催しているアーティストです。
〈M!LK編〉
2人目は「M!LK」という男性5人組グループを好きなファンの視点で、遠征について語っています。M!LKは、スターダストプロモーションに所属する佐野勇斗、塩﨑太智、曽野舜太、山中柔太朗、吉田仁人からなる5人組ボーカルダンスユニットです。
(写真はすべて目白大学メディア学部溝尻ゼミ生による撮影)
]]>今回からは、会話型DSTを通して学生たちが実際に作った作品を紹介したい。
目白大学メディア学部溝尻ゼミ2年生(当時)は、2022年10月~12月の約2ヶ月をかけて「いまだからこそやりたいこと」をテーマに「なうどぅ」という会話型DST作品を制作した。
(なお「なうどぅ」はNow+Doを組み合わせた造語である。文法的にはDo It Nowが正しいが、そこはタイトルとしての語感を優先した)
第1弾は、アルバイトをめぐる大学生の語りがメインになっている。以下の文章は、実際に制作した学生による作品紹介である。
制作:目白大学メディア学部溝尻ゼミ(西坂拓馬、宮久保快、中村百花)
◆大学生だからこそアルバイト!
皆さんが大学生のうちにやっておくべきことはどんなことだと考えますか? 私たちは、アルバイトだと考えます。これを聞いてくれた方が、アルバイト経験を通じて人とのコミュニケーション能力を向上させたり、社会を少しでも知れるように、目白大学メディア学部メディア学科溝尻ゼミに所属する我々大学生3人がアルバイトの大変さと楽しさを詳しくお伝えします。
【気をつけた点・意識した点】
この作品は、大学生の今だからこそ皆さんにやってほしいアルバイトという視点で制作しました。ターゲットを自分たちより学年が下の大学生や、今後大学に入学してくる高校生に設定したため、いかに分かりやすく簡単な表現を使うかという点を意識しました。また一種のラジオ的番組であるため、略語を使わずに正しくお届けするという点に、苦戦しながらも意識して取り組みました。ぜひお聞きください。
〈レンタルビデオ編〉
1本目は、レンタルビデオ店で働く男子大学生が語っています。我々利用者があまり知らない多くの業務や、アルバイトをやる上で気をつけていることなどに注目しながらお聞きください。
〈回転寿司編〉
2本目は、回転寿司店で働く男子大学生が語っています。いつも美味しく新鮮なお寿司を提供してくれている回転寿司ですが、アルバイトの現場には大変さもあります。そんな大変さとやりがいがとにかく伝わる様子をぜひお聞きください。
〈居酒屋編〉
3本目は、居酒屋で働く女子大学生が語っています。お店で一緒に働いている海外出身の仲間と普段どのように業務をしているのでしょうか。回転寿司店とも繋がる飲食店ならではの大変さがあるものの、それでもこのアルバイトをしようと思う理由に注目しながらぜひお聞きください。