インドシナ半島に位置する東南アジア大陸部の国々は、河川を軸としてその多様で歴史ある文明を成立させてきたと言われているが、そうした水辺の世界にたとえるならば、コロナ前のベトナム、とりわけハノイには、雄大な大河ではなく、無数の、細く激しい水流がぶつかり合う、いわば奔流的文化が築かれていたように思う。ハノイの街並みには、文化/人々が入り乱れる潮流が反映されたような、混在した歴史の痕跡を見ることができる。街のあちこちには中国文化の影響を受けたベトナム王朝時の遺跡や寺院が点在していて、市街のなかに突如として歴史的建築物が現れる。旧市街から少し足を伸ばすと、フランス植民地時代に建設された優雅なオペラハウスが聳え立ち、週末の夕暮れ時には、コンサートを見るためにドレスやアオザイで着飾った華やかな人々で賑わっている。54の民族が暮らすという多民族国家であるベトナムには、ハノイ近郊にも、版画、焼き物、織物などさまざまな伝統品や工芸品を生産する村があり、それらの直売店となる可愛らしい土産物屋や、工房が軒を連ねている。


こうしたいくつもの歴史的文化が細い水脈のように密集し、集積されているハノイには、伝統から近代、そして現代的な文化芸術を学ぶ若者たちも多く、またそうした潮流のなかで形成されるアートシーンは、とにかく「流れが速い」のだ。
とりわけ近現代以降の芸術という意味での「アートシーン」に着目すると、この数十年の変化はすさまじい。「現代美術的なもの」が芽生えたという、ドイモイ政策の開始による市場開放と観光産業の興隆により、欧米や中国市場に向けたギャラリーを軸としたアート作品がひろがり、また同時に、いわばドイモイ的な経済成長に促されて作られるアートに対抗、あるいは抵抗するための活動や創作を行うさまざまなアーティストが台頭していった。またその後、大使館や各国の国際文化交流を司る機関や事業などをきっかけとする「エンバシー・アート」(と現地では呼ばれている)、いわば「文化外交」の場におけるアートの需要と広がりが起こっていく。国の「外」から求められる経済政策や外交手段としてのアート、あるいはそうした状況下で急速な経済成長を遂げる陸続きの東南アジア隣国とのアーティストの行き来も活発になり、現在はそうしたさまざまなグローバル化の過渡期的状況に揉まれながらも、唯一無二な「ハイブリッドさ」を個性とする同時代的/現代的なアートの潮流が、次々と作り出されている。
ここ数年のハノイのアートシーンをとりまくグローバル化の変容を追うだけでも、刻々と状況が変化するために、時代的な特長を捉えることも難しいと感じるが、そうしたなかで形成されるアートシーンもなおさらだ。たとえばアートスペースなどの場所、そしてイベントや表現を生み出す基盤となるコミュニティ、さらにはその時々に話題となるカルチャー的なトレンドなど、いわば「シーン」を形成するさまざまなモノゴトのすべてが、速い流れのように変貌をとげる。次々と新しいスペースが現れてはなくなり、あらゆるトレンドが生まれ、はたまた国外との接点が作られてはなくなり、そしてまた新しい流れが生まれていくようなアートシーンだという印象だった。今回の短い滞在も、コロナ前の友人たちとの嬉しい再会に併せて、新しくできたスペースやアーティストらとのたくさんの出会いに溢れ、訪れることができなかった2年間の変化に、その流れの速さに追いつけない、と感じてしまうほどである。



ハノイから帰国し、その思い出を振り返ることになった2023 年の春には、ミャンマーのクーデターから2年が経ち、そしてウクライナで起きている戦争から1年が過ぎた。悲しいことに、どちらもまだ悲しみと暴力の連鎖が止まってはいない。「戦争」はあまりに日常的に、その存在感を増している。
ハノイを訪れたこと、コロナ禍のなかで失われ、そして忘れかけていたさまざまな「距離」への意識、あるいは移動の感覚を思い出すことが出来たこの経験は、とても(心から!)楽しかった。一方で、参加したアーティスト・イン・レジデンス・プログラムでは、「戦争」というキーワードを探ることを通じて、コロナで失われた時間を取り戻す取り組みが行われ、この2年間のアジアをめぐる政治・社会情勢の変化の大きさと、不穏な時代の予兆を感じずにはいられない。この2年の間に忘れかけていた、近くて遠い友人たちとの多様な「距離(ディスタンス/インターバル)」を取り戻し、来たるべき新たな時代に向き合っていく必要があると強く思う。

2022年の秋、3年ぶりに、ベトナム的秋の到来を感じるハノイを訪れた。11月のハノイは、日中は汗ばむほど温暖な気候だが、夜になると気温は下がり風がとても心地よい。10月以降、ベトナムのコロナ対策は、感染症と限りなく「共生」する方針をとっている。パンデミック初期には、徒歩または自分のバイクや自転車のみという移動制限や、飲食店の営業をテイクアウトのみとするなど、世界的にも厳格なロックダウンが行われたベトナム。しかし、現在では水際対策すらかなり緩和され、アジアをはじめ西洋からの観光客も徐々に戻りつつある。街なかでは「ノーマスク」が多数派といった印象だった。
ベトナムは元々、屋外型の都市である。ハノイは東南アジアのなかでもめずらしく四季があるものの、温暖で湿度が高い気候故に、住居の出入り口は広く大きく設けられ、なかでも飲食店の客席は、路上や半屋外に置かれるのが一般的。人口が多い過密都市にもかかわらず、路上や屋外を基本とした生活様式のために狭苦しさを感じない。ウィルス対策の程度や社会的な方針の設定にはまだまだ世界中が手探りで、こうした限りなく「共生」を目指す社会のあり方には、賛否もあるだろう。しかし、路地脇に並べられた座高の低いプラスチック椅子に座り、隣人の話し声が聞こえないほどクラクションが鳴り響く、夥しい数のバイクや人が行き交う様子を眺めながらベトナムコーヒーを飲む瞬間は、なんとも穏やかで、いまはまだ、パンデミックの時代の最中だという不安を忘れてしまうような居心地の良さがあった。「社会的距離」の適切な設け方は、こうした路上を中心とするような、風通しのよい生活様式と都市空間に見出せるのかもしれない。


今回の滞在の目的は、ハノイのヘリテジスペース(Heritage Space)が主催するMAP(Month of Arts Practice)に参加することだった。2016年に設立されたヘリテジスペースは、主に近現代美術を対象として、展覧会をはじめレクチャーやワークショップなどの文化事業と教育プログラムを行う団体である。そのなかでも大きなプロジェクトであるMAPは、国内外のアーティストやキュレーター、研究者をハノイに招き、一定期間の滞在制作やリサーチを行うアーティスト・イン・レジデンスを伴った事業だ。その期間に国外からのレジデンスプログラムの参加者と地元のアーティストらが交流を重ねながら、毎年設けられるテーマに沿って、成果としての展覧会を作っていく。

ある一定期間、日頃とは異なる土地に滞在しながら調査を行い、その地で出会うアーティストや研究者との交流のなかで表現を模索するアーティスト・イン・レジデンスという取り組みに参加する者にとっての最大の醍醐味とは、想定していない/出来ない出会いと発見にある。コロナ禍においては、テクノロジーを駆使し、移動や制限を補うための様々な新しいコミュニケーション方法が模索されてきた。そうした技術的な革新にコロナ前には気が付かなかった利便さを見出すこともあったものの、やはり現地を訪れなければ見出せない「想定外」があり、そしてこの2年で忘れそうになっていた発見がある。ヘリテジスペースも、この数年はオンラインを用いたMAPを続けていたのだが、ようやく国外からの参加者を交えてハノイで開催することができるようになったのが、この2022年である。
久しぶりにハノイ現地で開催されたMAPのテーマは「戦争」だった。このコロナ禍にも、ミャンマーでの軍事クーデター、ロシアとウクライナの対立という、2つの出来事があった。ミャンマーと同じ東南アジアに位置し、世界に残り少なくなったレーニン像が聳え立つハノイと、東アジアの日本社会とでは、これらの出来事の受けとめ方にも違いがある。従来の歴史的な心情においても、そして同時代に起こりゆく出来事としても、多様で異なるそれぞれのルーツを抱える、(私を含む)アジアのアーティストたちにとって、「戦争」とは非常にアクチュアルかつセンシティブなテーマだった。同時代に生きていたとしても、互いの生まれ育った国や土地の歴史や政治的心情を探りながら議論をすることは、ましてや表現にするのはとても難しい。アジア諸国を行き来し、そこでさまざまな人との出会いを重ねるなかではたびたび、とりわけこうした「戦争」をはじめとする歴史と現在を同時に考える際に、共感と無知――近さと遠さ――を認識させられた。新しいコミュニケーションが求められる時代のなかで、そして移動の制限下で忘れていたのは、こうした議論や時間を共有しながら気が付いていく、あるいは埋めていかなければならない、距離だったのかもしれない。

このプログラムの様子は、ヘリテジスペースのFacebook イベントページや、MAP2022のカタログが発行されているので(オンライン版あり)是非とも見てほしい。

ベトナム・ハノイ 2022滞在レポート
ー「距離(ディスタンス/インターバル)」を見直す時間(後編)に続く